シンガーソングライターのArche(アーキ)が1stアルバム『sublimated』を6月18日(水)にリリースした。
R&B、ヒップホップ、ネオソウルなどを軸とした音楽性と、情感豊かなボーカルを武器にSNSでじわじわと注目を集め、今年3月には北村蕗、ヨウ(Natsudaidai)、santa(S.A.R.)らと共に冨田ラボの新メンバーに加入したことでも話題を呼んだArche。待望のフルアルバムとなる本作は、近年の創作におけるパートナー・SPENSRと共に磨き上げた8曲を収録。自身のルーツに根ざしながらも、現代的なアレンジやサウンドプロダクションとポップセンスが光る、モダンなR&B〜ソウルを展開している。
7月には本アルバムを携え、初ライブにして初ワンマンも開催予定。その一方で、未だ顔を出さずに活動するミステリアスな魅力に包まれたArcheにインタビュー。これまでの歩みや、その音楽がどのように形作られてきたのかを語ってもらった。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by fukumaru
生きづらさを感じていた過去、心理学との出会い
――最初に音楽に興味持ったきっかけは、友人に付き添う形で受けたオーディションからだそうですね。
Arche:はい。それまでは特に音楽好きというわけでもなく、TVから流れてくる音楽をなんとなく聴いてる程度でした。オーディションは中2の頃に友人のオマケって感じで受けたんですけど、意外なことに受かってしまって。
その当時、やさぐれていたというか、「自分の人生に何の意味があるんだろう」って思ってたんです。親との関係もよくなくて、生きてても何もおもしろいことがないなって。今思えば、自分が生きる意味みたいなものを心のどこかで探していたんだと思います。自分の人生で人に認められたような気持ちになったのも、自分が夢中になれるものに出会えたのもこれが初めての体験でした。
――もうひとつ大きなきっかけとして、映画『天使にラブ・ソングを2』(原題:Sister Act 2: Back in the Habit)と、同作に出演していたLauryn Hillを挙げていました。
Arche:中学時代からすごくお世話になっている人がいて、その人に『天使にラブ・ソングを2』を教えてもらったんです。そこに出ていたLauryn Hillの存在感や歌に衝撃を受けて。「カッコいい」という言葉しか出てこないというか。
そこから90’s〜00’s辺りのR&Bやヒップホップ、ネオソウルなどにハマって。ディスクガイドを読んだり、当時バイトしていたCD屋さんでもそういったジャンルの作品を調べて、勝手に注文したりしていました(笑)。
――特に影響を受けた、もしくは印象に残っているアーティストや作品を挙げるとすると?
Arche:Mary J. BligeやJill Scott、Chrisette Micheleなどですね。でも、本当にブラックミュージックの棚を片っ端から聴いてみたり、いろんなアーティストの作品を聴いていました。
振り返ると、当時は強い女性像に惹かれたんだと思います。ロックやパンクとはまた違う反骨精神というか。ただ、周りにはそういった音楽を共有できる人がいなかったので、寂しかったですね。
――シンガーソングライターとしての活動はどのようにしてスタートしたのでしょうか。
Arche:さっきお話した、中学時代からお世話になっている方がやっていたミュージックバーでお手伝いしながらたまに歌ったり、インディレーベルに所属して地元でシンガーとしても活動していたんですけど、このままじゃダメだと思って上京することにしました。
当時、レッスンに通っていたスクールの先生から「ギターを練習しなさい」って言われ、弾き語りをやったりもして。ただ、当然ですけど自分のやりたいことではなかったので、長くは続きませんでした。一時期は辛くて音楽を辞めようとも思いましたね。
……それでもやっぱり歌うことは諦めきれなくて、それまで全然活用できてなかったSNS──主にTikTokを使って、ひとりで歌っている動画をUPするようになりました。そこからいろいろあり……今に至る感じです(笑)。
――特に手応えを感じた投稿、楽曲などはありますか?
Arche:本当に「フォロワー:0」から始めたので、最初は全然再生されなかったんですけど、シティポップリヴァイバルの波がきたときに、「シティポップに勝手にラップを乗せてみた」という動画を投稿したんです。そうしたら結構反応をもらえて。ラップは初挑戦だったんですけど、そこで少しだけ自信がついて、「ラップを混ぜたらもっと聴いてもらえるかも」って思いました。それが今のスタイルに行き着いたきっかけですね。
――顔を隠した活動スタイルというのは当時から?
Arche:最初は普通に顔を出していたんですけど、「顔と声が合わない」「口パクだろ」って言われることがあって。私は歌を聴いてほしくてやってるのに、外見について口出しをされるのは嫌だなって思い、顔出しをやめました。過去の顔出し投稿は全部削除しています(笑)。
――2022年リリースの“BLACK BOX”から名義をArcheに変更します。この名前にはどのような意味が込められているのでしょうか。
Arche:心理学用語の「Archetype(アーキタイプ)」が由来で。「Arche」はギリシャ語で「始まり」や「根源」っていう意味なんです。
――心理学を独学で学んでいるそうですね。
Arche:昔から絵が好きだったんですけど、とある絵に「I am not what happened to me, I am what I choose to become.(私は自分の日々起きた出来事によって創られた存在ではない。私は自分自身の意志で選択して築きあげられたものである)」というユングの言葉が書いてあって。そこで気になって、調べてみたことがきっかけでユング心理学に出会いました。
小さい頃から学校でもバイト先でも、みんなにとっての「普通」が私にとっては普通じゃない。そういった生きづらさをずっと感じていて。自分に嫌なことが降り掛かってくるのも「仕方ない」って思ってたし、昔はいろんなことを諦めていました。
そんななかでこの言葉に出会って、「自分で自分の在り方を選ぶことができる」っていうことに気づけたというか、背中を押してもらえた気がして。すごく楽になりました。それからはいろんな本を読んだり、YouTubeで講義動画とかを観たり、結構難しい内容なんですけど、独学で勉強するようになって。
そうしているうちに、今までの人生でわからなかったことの答え合わせというか、「あのとき自分が嫌な気持ちになったのは、こういう理由だったのか」っていう部分がわかったというか。これまで散々自分の感情に振り回される人生だったけど、心理学を学んでからは俯瞰的に見ることができるようになった。それまで暗黒時代のようだった私の人生が徐々に変わっていきました。
「音楽が私に居場所を与えてくれた」
――2023年11月リリースの“vanilla”からプロデューサーとしてSPENSRさんがクレジットされています。彼とはどのようにして出会ったのでしょうか。
Arche:スタッフさんからの紹介で出会いました。私にとって、本格的な共作はSPENSRさんとが初めてなんですけど、なんていうんだろう……最初から波長が合ったというか。私は音楽制作に際して、すごく抽象的な言葉でしか説明できないんですけど、それをすごく汲み取ってくれる。作曲、アレンジ、トラックメイクとかマルチにできるし、どういう思考回路しているんだろう……っていつも思っています(笑)。
――SPENSRさんとはどのような流れで制作を進めることが多いですか?
Arche:私がタイプビートを使ってメロディや歌詞を作って、それを元にSPENSRさんがトラックメイクやアレンジをしてくれるっていう感じです。
――先ほどお話してくれた心理学の影響は、1stアルバム『sublimated』のコンセプトにも繋がっている気がします。タイトルは「昇華」を意味する「sublimate」の過去形ですよね。
Arche:この「sublimate」という言葉は、今回のアルバムだけでなく私の音楽活動全体のテーマと言えるかもしれません。自分で自分の人生を肯定できなかった私が、そこで生まれた感情を音楽に昇華することで、初めて生きていてよかったと思えた。家庭にも社会にも居場所がなかった私が、音楽をやっているときだけは排除されなかった。音楽が私に居場所を与えてくれたと思っているし、このテーマは一生ブレないんじゃないかなって感じています。
――アルバム収録曲の8曲はどのようにセレクトしたのでしょうか。
Arche:この1〜2年、TikTokにデモを上げて、反応がよかった曲をリリースするということをやってきて。今回のアルバムはその集大成という感じで、同じように収録曲を選びました。
――1曲目の“addicted”に顕著なように、今作は敢えて歪ませたり、もしくはザラついた質感に加工したり、音の汚し方が印象的でした。
Arche:SPENSRさんもですけど、エンジニアの齋田さん(齋田崇 / Victor Studio)もいろんな意見を出してくれる方で、“addicted”などは3人でサウンドプロダクションを詰めていきました。
サウンド面では私のルーツである90年代〜2000年代くらいのR&Bやネオソウルのテイストを出したくて。“2:22”以外はそういったちょっと古い感じ、ビンテージな質感が感じられると思います。
――“2:22”は曲中で変化するビートパターンや、トラップ的なハイハットなどがおもしろい1曲ですね。
Arche:デモ段階からそういうビートだったわけではないんですけど、今おっしゃったような「トラップ的な要素とかを入れたい」ってSPENSRさんにお伝えして。いかにもなトラップではなく「ちょうどいい塩梅で」という無茶ぶりに見事に応えてくれました(笑)。
「許すことは愛すること」── 祖母が遺したメッセージ
――アルバムのなかで特に印象に残っている曲を挙げるとすると?
Arche:歌詞でいうと“you are”は特に思い入れが強いかもしれません。生きていくうえで忘れたくない、ずっと大事にしていきたいテーマを歌っているというか。
――今回のアルバムの中ではかなりポジティブなヴァイブスの曲ですよね。
Arche:たしかにそうですね。私って、音楽でも映画でも「100%ポジティブ」みたいな作品はあまり響かないんです。なんていうか、人間ってみんなポジティブな側面もあればネガティブもあると思っていて。「陰キャ」「陽キャ」っていう言葉もよく耳にしますけど、そんな単純にカテゴライズできるわけじゃない。人間ってすごく多面的な生き物だと思うんです。
そういう意味では、“you are”の歌詞は上手くバランスが取れたなと思っていて。《あれもない これもない / 満たされないばっかのこの社会》と歌った後に、《あれもあるし これもある / 幸せは自分次第》というラインがあったり。私は捻くれ者だし、どちらかと言えばネガティブな側面が多い人間だと思うんですけど、“you are”に関してはポジティブな部分も上手く表現できた気がします。
――人間の多面的な部分というのは、他の曲でも表現されている気がしました。“addicted”では依存してしまう弱さと強く求める気持ちの葛藤が描かれているし、“パラサイト”では《私以外見えないように / 黒に塗り潰したい / モノクロのように》という一節の後に、《君以外また愛せるように / いっそ傷つけて / 戻れないように》と相反するような感情が表出していたり。そんな行ったり来たりする心境や、曖昧な部分を表現するのがArcheさんの特徴なのかもなと。
Arche:その通りだと思います。昔から自分のなかにもうひとりの自分がいるような感覚があって。心理学では「アンビバレンス」って言ったりするんですけど、例えば服装でも「男っぽくありたい」「女っぽくありたい」という気持ちが同居していたり。
……実は冨田ラボさんにも、私の声は「男っぽくもなく、女っぽくもない」とおっしゃって頂いたことがあって。最初、冨田ラボの新メンバーは女性2人、男性2人で考えていたそうなんですけど、いろんなシンガーさんを探していくなかで、私のジェンダーレスな声を気に入ってくれて。それでメンバーに選んでくれたそうなんです。
――なるほど。
Arche:そのお話を聞いて、私自身もすごくしっくりきたんです。自分のなかには昔からすごく内向的な面もあれば、攻撃的になってしまう面もある。そうやって相反する自分がせめぎ合っている感覚がずっとあって。それが曲にも自然と反映されてしまうというか。
――でも、だからこそArcheさんの曲にはすごく人間味があるというか、共感を呼ぶようなリアリティが生まれているのかもしれませんね。
Arche:そうだとしたら嬉しいです。自分としても、そこは変に修正したり隠さずに出そうと思っています。
――歌詞を書くとき、他に意識していることはありますか?
Arche:基本的にはメロディを先に作って、それに合わせて「こんなシーンが合いそう」とか、「こういうテーマで歌おう」という感じで書いていきます。テーマなどは日々頭の中になんとなくストックしている感じですね。
――恋愛をモチーフとして使用することが多いですよね。
Arche:そうですね。物語やテーマの入口として恋愛をモチーフにすることが多いです。恋愛って普遍的なモチーフだと思うし、それを通して様々な感情を描くことで、みんなに共感してもらいやすい曲を作れるかなって。
――アルバムの最後に位置する“your words”も印象的でした。ノンビートのピアノ弾き語りのような1曲で、エンディングとしてぴったりだなと思いつつ、これまで発表してきた楽曲のなかでもかなり異色の作品なんじゃないかなと。
Arche:この曲は唯一TikTokにデモを上げていないし、私にとってすごくパーソナルな曲なんです。祖母が亡くなってしまったときのことを歌詞にしています。
祖母は私のことをすごく可愛がってくれて、音楽活動もずっと応援してくれていたんです。なのに、私は何も恩返しができなかった。
最初に入院したときは、「いつも元気だし、大したことないだろう」って思ってたんです。でも、そこから急に悪化して、突然癌のステージ4であることを告げられました。そのうちに意識はあるのに喋れなくなってしまって。
――そういった背景をお聞きすると、《I wanted to hear your last words(あなたの最後の言葉を聞きたかった)》という歌詞もより一層切実に響きます。
Arche:終盤で《You taught me that to forgive is to love(許すことは愛することだとあなたは教えてくれた)》と歌っているんですけど、祖母は小さい頃から私に「人を許しなさい」って何度も言っていて。私と違って友だちも多くて、みんなから愛される存在だった祖母のことを考えているうちに、「人を許す」ということは、まわりめぐって自分を愛すること、そして自分の人生を肯定することになるんじゃないかって、彼女が亡くなってから気づいたんです。
今はまだ全然だけど、私もいつかは祖母のような人間になりたいなって思います。
「私の音楽が誰かの支えになったら」
――先ほど「暗黒期」と表現していましたが、自身の人生を「昇華」した楽曲で多くの人からの注目を集め、7月には初のワンマンライブの開催も決定しました。このような環境の変化についてはどのように感じていますか?
Arche:自分のネガティブな部分から生まれた楽曲に対して、「この曲が精神安定剤になっています」というようなコメントを頂けたりして、すごく嬉しいのと同時に、最初は衝撃を受けました。こんな私でも誰かの役に立てるんだって。ただ、やっぱり暗黒期が長すぎたせいか、まだ現実味がないというか(笑)。
作曲については何も変わってないし、これからも変わらないと思います。周りがどうこうではなく、自分と向き合うタイプなので。
――ArcheさんのルーツであるR&Bやヒップホップを始めとしたブラックミュージックを取り巻く環境も変わってきましたよね。ここ日本でも、そういった音楽シーンが盛り上がっているように感じます。
Arche:それは私も実感していて。不思議な縁みたいなものを感じますし、何か意味があってのこのタイミングなのかなとか思ったり。
――Archeさんにとって、作曲という行為は自分のために行っているもの?
Arche:以前、ある作家の方が「小説を書くのは自分にとってセラピーのような行為」とおっしゃっていて、私もその通りだなと思っています。自分にとってセラピーのように効くのであれば、他の人にも同様に効くはずだと。逆に言えば、自分のために曲を作らないと、人にも響かないんじゃないかなって思います。
個人的に、音楽って直接的に世界を変えられるとも思わないし、「人のために音楽をやってる」っていうのは綺麗事だなって感じてしまうんです。ただ、ずっと生きづらいなって感じてきた私にとって、音楽や映画、本などで同じような境遇、感情が描かれていると、「私だけじゃなかったんだ」って思えたというか、少しだけ救われた気がしたんですよね。だから、私の音楽が誰かの支えになったら嬉しいですし、それが私が音楽をやる意味なのかなとも思います。こういう人生を歩んできた人間だからこそ歌える曲があるんじゃないかなって。
――音楽的に今後やってみたいこと、挑戦したいことなどはありますか?
Arche:サウンド面で言えば、もっと土臭いネオソウルというか、渋いR&Bなどにも挑戦してみたいですね。そういう曲って、年齢やキャリアを重ねるほど深みや説得力が出ると思うので。
――最後に、初のワンマンライブについて教えてください。当日はどのようなステージを披露する予定でしょうか。
Arche:ギター、ベース、ドラム、MPC、キーボードのバンド編成でのライブを予定しています。SPENSRさんとアレンジについて話し合っているんですけど、Archeとして初のライブということで、基本的には原曲に忠実に演奏してもらうつもりです。これからリハーサルに入るので、まだ予測できない部分もあるんですけど。
【リリース情報】
Arche 『sublimated』
Release Date:2025.06.18 (Wed.)
Tracklist:
01. addicted
02. パラサイト
03. SIDE-B
04. you are
05. 言い訳
06. neon
07. 2:22
08. your words
※デジタル/CD
【イベント情報】
『the process of sublimation』
日時:2025年7月6日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京・渋谷WWW
料金:スタンディング ¥4,500(各1D代別途)